地方都市における生産緑地制度の導入/高知市

高知市では、令和元年度に中国四国地方で初となる生産緑地制度の導入を決定し、令和2年1月1日、合計約6haの生産緑地地区を都市計画決定した。
地方圏の市街化区域においても、都市農地の多様な機能を評価し、農地保全と都市農業振興を図るべきと方針転換される一方で、多くの地方都市の市街化区域農地の固定資産税はほぼ宅地並みの水準まで上昇し、営農継続に大きな足かせとなっている。持続的な都市農業を実現するためには、農地課税となる生産緑地制度の導入が不可欠と考えられる。今回高知市が生産緑地制度を導入したことで、同様の課題を抱える全国の地方都市にも、制度導入の機運が高まりつつある。

1.地方圏における生産緑地の情勢

(1)地方圏における生産緑地の位置付け

平成3年に改正された生産緑地法では、もともと三大都市圏に限らず、市街化区域であればどの自治体でも適用可能な制度である。しかし、同時に三大都市圏特定市では固定資産税の宅地並み課税を導入したのに対し、地方圏(三大都市圏特定市以外)では、宅地評価だが“農地に準じた課税”とされ、農地と同じ負担調整措置によって課税額が緩やかな上昇に抑えられ、しばらくは課税額が低かったことから生産緑地制度導入のインセンティブが弱く、多くの市町村が導入しないまま推移してきた。

しかし、課税額の上昇が宅地に比べれば緩やかであっても、宅地評価であることから年数が経過するなかで、次第に宅地並み課税に近づいて行き、30年近くが経過しようとしている今、ついに上昇しきって宅地評価による本則課税となった市街化区域農地も多くなった。特に県庁所在地など地価の高い地方都市にあっては、高額な固定資産税負担が農業経営を圧迫し、農地の維持と営農継続が困難となる大きな一因となっている。

一方、少子高齢化や人口減少といった社会情勢の変化を背景として、都市計画においてはコンパクトシティを目指すうえで、都市農地及び都市農業に期待する役割が高まり、併せて都市農業振興基本法や都市農地貸借法の制定などの法整備も行われた。国土交通省の都市計画運用指針においても、平成27に改定した第8版以降、“三大都市圏特定市以外の都市においても、生産緑地地区の指定を行うことが望ましい”と明記されることとなり、その後の改定第9版及び第10版でもこのことについてさらに加筆されている(表1)。

表1 都市計画運用指針 生産緑地地区の計画の考え方(一部抜粋)

2.生産緑地地区の決定・変更
(1)生産緑地地区の計画の考え方
③ …省略… 三大都市圏の特定市以外の都市においても、本制度の趣旨や、コンパクトなまちづくりを進める上で市街化区域農地を保全する必要性が高まっていること、都市農地の貸借の円滑化に関する法律による貸借の対象が生産緑地地区の区域内の農地に限定されていることを踏まえ、新たに生産緑地地区を定めることが望ましい。

(資料)国土交通省「第10版 都市計画運用指針」平成30年11月改定、119頁。

(2)地方圏における生産緑地制度の導入状況

三大都市圏特定市以外では、現在12市町村が生産緑地制度を導入している(表 2)。市街化区域農地の宅地並み課税の実施地域である三大都市圏特定市には、町村は含まれていないが、生産緑地制度を導入している三大都市圏内の町村は5つあり、いずれも特定市と同じ都市計画区域内にある。
一方、三大都市圏以外の地方圏においては、今回新たに導入された高知市を含めて7市町が生産緑地制度を導入しており、このうち、県庁所在地が5市となっており、いずれも地価が高いことから、固定資産税負担の増大が制度導入の背景と考えられる。

三大都市圏特定市以外の市町村における生産緑地の合計面積は現在約118haに及ぶが、このうち和歌山市が2/3を占め突出している。和歌山市は平成18年に生産緑地制度を導入し、初年度には24.5haを指定し、この時点ですでに地方圏の中で最多の生産緑地面積となった。その後も毎年指定を重ねて、平成29年12月現在では78.4haとなっている。
その後、平成22年に常陸太田市が導入、しばらく間が空いて、平成31年に大阪府島本町、そして今回の高知市の導入によって合計12市町村となった。その他、広島市でも生産緑地制度導入の方針を固め、令和2年度中の導入を目指して準備を進めている。

表 2 三大都市圏特定市以外における生産緑地制度導入状況

2.高知市における生産緑地制度の導入

(1)高知市における生産緑地の導入の経緯

市街化区域農地の固定資産税が年々上昇し、市街化区域の農家ではその税負担が農業経営を圧迫していたことから、農家からJA高知市を通して、高知市に対して生産緑地制度導入について、以前から要望を出していた。
平成29年5月、当時の山本有二農林水産大臣が高知市に訪れ、高知市農業委員会会長及びJA高知市組合長等らが意見交換をした際に、生産緑地制度導入についての助言を得たことを受けて、導入に向けた本格的に動き出した。

その後、JAや市、農業委員会等が視察研修や農政勉強会を開催し、翌年7月には農家のニーズを把握するために、JAの広報誌などでアンケートを行ったほか、11月には和歌山市などを視察し、導入への準備を進めていった。
令和元年5月には要綱を制定し、制度の運用が始まった。高知市内の市街化区域農地面積は326.96haであり、そのうち事前審査の申請が25件で10.26ha、本申請は19件で6.03haとなった。これが都市計画審議会に付議され、令和2年1月1日都市計画決定した。

平成29年5月山本有二元・農林水産大臣とJA高知市との意見交換会開催(生産緑地制度導入の検討について助言)
平成29年7月JA高知市組合長:高知市農業委員会会長等による視察・研修開催(視察・研修先:農林水産省、国土交通省、横浜市)
平成30年2月JA高知市と市長との農政学習会の開催(JAに対して制度導入につて検討を行う旨、正式に回答)
平成30年7月ニーズ把握のため、JA高知市の協力を得て農家にアンケート実施;生産緑地の指定を希望する農地が約2.4ha
平成30年11月先進地視察(高知市都市計画課・農林水産課、JA高知市);視察先:和歌山市、大阪府八尾市、兵庫県三田市
令和元年5月高知市生産緑地地区の指定に関する要綱制定
令和元年5月~6月申出に基づく事前審査(申請数:25件、10.26ha)
令和元年7月生産緑地指定本申請受付(19件、6.03ha)
令和元年11月都市計画審議会に付議
令和2年1月都市計画決定告示
令和2年4月~5月事前審査の申込(2年度目)
表3 高知市における生産緑地制度の導入経緯

(2)高知市の市街化区域内の農業の現状と課題

市街化地域では、都市化の進展により点在する農地で農業が展開されており、露地又は施設による野菜や花き、水稲栽培が行われている。販売農家に占める主業農家の割合は39.8%で、農業の他に不動産経営等による農外所得を得る農家もいる。
水稲は自給用に生産される場合が多いが、一部の農業者については、市外への出作により一定規模の生産を行っており、収穫された米は主にJA等を通じて出荷されている。

野菜、花きについては、施設栽培により生産されるものが多く、生産物の多くは個人による市内市場への出荷や量販店との直接取引のほか、直販所等での販売を行っており、新鮮な地場農産物として消費者から高い評価を得ている。
そのほか、伝統野菜の復活や大都市への販路開拓、食育活動などの取り組みも行われている。

一方で、需要や価格の変動により経営が不安定なうえに、固定資産税等の負担が増して収益性が悪化している。さらには農業者の高齢化等によって離農する農家も増え、農地の転用や売却も増えている。
市街化区域の農地は農作物の生産のみならず、四季折々の景観、農業体験・学習の場、市民農園などの楽しみや憩いの場の提供のほか、災害に備えたオープンスペースなど多面的な機能を担っていることから、都市農業の振興と生産緑地制度の活用等による農地保全を図ることが、課題である。

(以上、主に『第13次高知市農業基本計画』、市街化地域の現状と問題点を参考に整理した。)

(3)高知市における生産緑地の指定要件

生産緑地の指定要件は、生産緑地法による法定要件に加えて、市独自の指定要件とで構成されるが、高知市では以下のとおり5つの独自要件を設けた(表 4)。
これまでの地方圏での生産緑地制度導入においては、法定要件よりも厳しい要件を追加するケースが見られた。
例えば下限面積について、長野市や和歌山市、常陸太田市では、法定では500m²のところを1,000m²とした(和歌山市は、平成31年に500m²に緩和した)。

また、農業従事者について特に法定要件は無いが、主たる従事者または後継者の年齢について、和歌山市では60歳未満、長野市では50歳以下としている。さらに、経営耕地面積(市街化区域以外も含む)について、和歌山市や長野市では30a以上としている(和歌山市は30a未満でも直近3年間の農業収入額が50万円以上あれば可)。
高知市の指定要件では(表 4)、下限面積は法定の500m²とした(要件②)。また、農業従事者の要件については、和歌山市と同じ60歳未満とし、経営耕地面積についてはより厳しい40a以上とした。

独自に追加した経営面積の要件については、地方圏であっても都市農業は零細規模の経営が多く、経営耕地面積40a以上を満たす農家は限られる。また、面積規模が小さくても、都市農業の利点を活かした優良経営は十分可能であり、例えば高知市でも盛んな施設園芸など、意欲ある優良農家までも要件に該当しないおそれがある。
また、60歳未満とする年齢制限や後継者の要件についても、60歳以上の農業従事者が地域農業の多くの部分を支えている実態や、企業等に勤めていた後継者が定年後に農業を継ぐパターンが多いことから考えても、営農継続意向があっても要件に該当しないケースが多いと見られる。

法定要件① 公害又は災害の防止、農林漁業と調和した都市環境の保全等良好な生活環境の確保に相当の効用があり、かつ、公共施設等の敷地の用に供する土地として適しているものであること。
② 一団の農地等の面積が、500m²以上の規模であること。
③ 用排水その他の状況を勘案して、農林漁業の継続が可能な条件を備えていると認められること。
④ 地区内における農地等利害関係人の同意を得ること。
高知市独自の要件⑤ 一団の農地等が、建築基準法第42条第1項第1号から5号に規定する道路(同条第2項の規定によるみなし道路も含む)に接し、かつ、2m以上の間口を確保していること。
⑥ 個々の農地等の面積が、100m²以上の規模であること。なお,指定は筆単位とする。
⑦ 主たる従事者が60歳未満、又は60歳以上である場合は60歳未満の後継者を指名していること。
⑧ 申請者及び農地法第2条第2項に規定する世帯員等の経営農地面積の合計が4,000m²以上であること。
⑨ 災害時の避難場所等としての使用に協力すること。
表4 高知市の生産緑地地区の指定要件

(4)高知市の都市農業振興と農地保全

高知市では令和2年度から令和4年度までを計画期間とする「高知市農業基本計画」を改定し、都市農業振興基本法に基づく地方計画としても位置付け、そこで高知市における都市農業の目指す方向や実施施策を定めた(表 5)。
市街化地域の目指す方向については、農業所得の向上や農地の保全・流動化、多面的機能の発揮、地産地消を推進し、都市と調和した農業振興を図るとしている。 
そのための実施施策として、農業用施設の高度化や生産体制の強化、農産物の付加価値向上、そして都市農地貸借法を活用した担い手の確保などに取り組むとしている。

都市農地の保全に関しては、「減災、市民農園、農業体験など多面的機能の発揮や都市農業の維持・発展のため、生産緑地制度を活用し、生産基盤の強化や農地の有効活用を積極的に進め、農地の保全に努める」とし、計画の成果指標として、生産緑地指定面積を計画最終年度の令和4年度には、さらに6haを追加指定し、累計12.03haを目標値としている。

高知市都市農業基本計画
第5表 第13次高知市農業基本計画における市街化区域及び都市農業振興に関する事項

3.急がれる地方圏での生産緑地制度導入と農地保全を優先した指定要件

高知市で生産緑地制度が導入され、広島市など他の地方都市でも制度導入に向けた動きが見られるものの、全国的な広がりには至っていない。
三大都市圏特定市ではかつて、平成4年からの宅地並み課税の実施に伴って、生産緑地か宅地化農地の2択を迫られる形で一気に生産緑地の指定が実施された。この結果、生産緑地を選択した農家にとっては税負担が大幅に低減され、都市農業が持続可能となり、多くの都市農地が保全され、間もなく30年が経過しようとしている。

一方、地方都市の市街化区域農地では、1年の上昇率は緩やかでも、毎年上昇し続ける固定資産税にジワジワと負担が増し、30年近く経ってみればほぼ宅地並み課税となっている。生産緑地の選択権も無く、やむを得ず転用や売却が進み、結果的に大幅に農地が減少した。
地方都市の市街化区域で今なお残っている農家の多くは、重い税負担に耐えきれず、相続を待たずして農地の売却が進んでいる。すでに都市農業の維持は限界に近づいており、もはや猶予ならない状況であり、早急な生産緑地制度の導入が必要である。

そして、制度導入の際に、農業従事者の経営耕地面積や年齢制限といった独自要件によって指定のハードルを上げることは、都市農業の実態に見合わず、都市農地保全や都市農業振興につながらない。都市農地の保全の方策として都市農地貸借法を活用した流動化が挙げられるが、そもそも広く生産緑地を指定しなければ、貸す側の生産緑地が無く、貸借が成立しない。
今後、生産緑地制度導入の検討を進める地方都市が増えることが期待されるが、併せて、それぞれの都市農業の実態を踏まえ、多くの都市農地が保全対象になり得る指定要件を設定し、積極的な都市農地保全を図っていくことが重要だと考える。

高知市「生産緑地の指定について」